防衛庁の省への昇格と シビリアン・コントロール
第68号 (H18/11/13)

 防衛庁の省への昇格法案について新党日本はシビリアン・コントロールのあり方を整理することを求めている。日本ではシビリアン・コントロールとは制服組を背広組である事務官がコントロールすることと理解されてきた。これはシビリアンを文民と解釈したからで、本来は政治家と理解し、シビリアン・コントロールとは国会によるコントロールでなければならないのだ。

 1788年に制定されたアメリカ合衆国憲法で大統領は合衆国の軍隊と各州の民兵の最高司令官であると規定し、連邦議会は戦争を宣言し、軍を統制すると規定している。当時としては議会が軍を統制するということは思いもよらないことであった。これがシビリアン・コントロールの由来である。したがって、現在のように事務官が自衛官をコントロールするなどということは、アメリカ合衆国で最高司令官である大統領が自分をコントロールするに等しいことであり、本来の趣旨をすり替えるものだ。

 こうした偽装をそのままにしておいて、諸外国並みに防衛省にするのは当然という考えに同調するわけにはいかない。

 ただし、国会によって統制しても現実の軍事行動が常に正しいという保障はない。アメリカ合衆国によるヴェトナム戦争への介入にしても、今回のイラク戦争の進め方にしても政治判断が先行した。しかしあまりにも政治判断が先行し過ぎて占領後の青写真のないままに軍事行動を急いでしまった。そのうえ米軍の兵力の投入について米陸軍参謀総長は最低でも30万人必要というのにラムズフェルド国防長官は必要な兵力を与えなかった。議会がコントロールしているはずの合衆国でさえも軍事専門集団の意見を無視したことが失敗につながる事態を招いてしまった。これは、議会が文官、武官双方の意見を聞きながら決断する必要があるという教訓だ。

 これを日本に当てはめて考えてみるとどうなるだろうか。国会は自衛隊という専門集団の意見を直接聞く体制になっていないので、そもそも米陸軍参謀総長の立場の者の意見が節目節目に公開されることはないだろう。したがって国会におけるコントロールの機会を失うことになるのだ。防衛庁の中でシビリアン・コントロールと称して事務官が自衛官をコントロールしていることの弊害は明らかであろう。このように防衛庁を省に昇格して国家の重要事態への対応を迅速にする必要があることは認めるにしても、国会がコントロール機会を奪ったままにして置くことは許されないというべきだ。


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