平成の大合併といわれた市町村合併の結果、平成19年の3月末で全国の市町村数はこの8年間で1428減少して1804市町村になる。太平洋戦争終了の昭和20年10月に10520の市町村があり、昭和の大合併により市町村数は昭和31年10月には1 / 3の3975に減り、それが平成の合併で1 / 2へという経過をたどった。今回の合併はできれば市町村数を1000程度にするとの目標もあったので、あと一息というところか。
なぜ市町村数にこだわるのかといえば、市町村が地方分権の主体だからだ。市町村は県の仕事を引き受けることができるが、都道府県は市町村の仕事を引き受けることはできないであろう。要するに昔は都道府県が国内行政の主役であったのに、今の都道府県の仕事は少なくなっている。だから東京都がオリンピックを誘致したいなどと言い出すのだ。
また、日本は人口減少社会を迎えていることも考えなければならない。ということは効率のいい社会へ転換していく必要があるということだ。小泉内閣は行政改革に明け暮れしてきたが肝心なことに手をつけていない。それは国内行政には国や都道府県は関与せず、市町村に任せ、国は外務、防衛に専念することだ。その結果、都道府県を廃止するくらいのことでなければ、行政改革にはならない。
それでも、地方教育委員会に対する文部科学省の関与を認めるという。これまで文部科学省主導の教育改革が失敗してきたにもかかわらず、地方の教育委員会を指導する権限を留保するという発想は理解を絶するといわなければならない。
今年になってから奈良県上北村の国道のがけ崩れで乗用車が下敷きになった。原因究明のために国土交通省の研究所からも大学からも調査に来てもらった。それで分かったことは国土交通省には専門家がいないということだ。昭和57年の西吉野村の道路側面の大崩壊のときも当時の建設省に専門家がいないので民間企業から専門家に来てもらった。県にも国土交通省にも専門家がいないのであるから、この分野で市町村では技術水準が低いなどと言えないのだ。国も都道府県も技術に関して民間のコンサルタントに委託しているのであるから、官には専門家がいないのは当然のことだ。
それなのに、都道府県を廃止して道州制にすべきだという議論が活発になっている。都道府県の仕事は多くないし、インターネットに時代に都道府県は不要なのに。そんな議論よりも、市町村を盛りたて、国や都道府県の関与を廃止することのほうがはるかに有益であろう。介護保険の導入に際して都道府県が中間にあったために市町村は余計な手間を取らされたのではないか。介護保険制度の開始のために市町村に仕事を押し付け、ようやく始まったら次から次に不具合が発生し、民間企業ならば記者会見して謝罪するのに、それもなしに制度改正を市町村に指示してきたのが厚生労働省だ。文字どおりどうしようもない省ではないか。その度に市町村と介護事業者は難儀してきたのに都道府県も何の役にもたっていないのが実態だ。
結論から言うと、国で行政改革を叫んでもだめだ。国の権限を前提にした改革しかありえないからだ。新党日本は地方からの改革を主張して立ち上がったのはそのためだ。もっと地方から声を上げる必要がある。今年の統一地方選挙はそのきっかけになるように願っている |