ハーメルンの笛吹き男
ドイツのハーメルンの町にねずみが異常繁殖していたところ、報酬を約束するなら、ねずみを退治して見せるという男が現れた。町ではこの男に報酬を約束してねずみ退治をさせた。男は笛を吹きながら町中のねずみをヴェーゼル河の中まで連れて行き溺れさせた。ところが、町は約束の報酬を拒絶。怒った男は、笛を吹きながら町中の子供130人を山の中に連れて行き子供もろとも消えてしまった。グリム兄弟の伝説集にある話だ。
阿部謹也先生は、この話が事実に基づくものであるとしたうえで、子供はどこへ行ったのか、笛吹き男は何者なのかについての研究成果を「ハーメルンの笛吹き男(ちくま文庫)」に発表している。先生は西洋史を専攻、一ツ橋大学の学長を勤められ、2006年9月に亡くなられた。そのことを報じる記事で、「ハーメルンの笛吹き男」が紹介されていた。
事件は1284年6月26日に発生したことを古文書は伝えているという。しかし子供がどこへ行ったのか、笛吹き男は何者かなどが解明されることは近い将来にはないだろうという。
この事件を解明するのに、背景となっているハーメルンの社会事情の分析から始めているが、それはとても興味深い。ハーメルンの市民というのは家屋敷があり資産がある人を指すのであって、資産のない農民や都市の外から流入する人たちは市民とは差別されていたこと、ハーメルンの町には周辺の農村から多くの人が流入し周辺農村は廃村になっていったこと、資産のある人もドイツ東部へ新天地を求める植民運動に参加し植民請負人が仲介者になっていたことなど・・・。そこで消えた子供たちは東ドイツへの植民運動に参加したのではないかという問題提起に、なるほどと思う。このような謎解きに情熱を燃やした学者がいる。しかしそうではないと言って、中世都市の下層民の事情の解明に戻る。
そのなかに流れる姿勢は、「歴史は自分の内面に対応する何かなのであって、自分の内面と呼応しない歴史を私は理解することができない」という先生の言葉に表されている。先生はハーメルン伝説に遭遇してから3年半の時間を解明のために情熱を注ぎ込む。しかし解明されることは近い将来にはないだろうというのが結論だ。
歴史に対するこういう受け止め方に接すると、高校教育課程における世界史の必修の問題も何かずれているような気がする。高校時代にこういう見方を学んだ記憶がないからだ。
魂に響く何かを探す機会であったのに残念としか言いようがない。ましてや今回の世界史の単位偽装事件の処理として50時間とかの補習をするなどというにいたっては、歴史教育を通して史実の解明に情熱を注ぎ込む機会を無残に壊すだけではないか。 |