ジャン・ジオノの「木を植えた男」の故郷
フランスのマノスクで生まれ、マノスクで亡くなった作家ジャン・ジオノが「木を植えた男」を書いたのは54年前のこと。アメリカの雑誌社リーダース・ダイジェストから「これまで出会った最も並はずれた実在の人物」を書くようにとの依頼を受けて書いたものという。しかし、実在の人物ではなかったため同誌にではなく、翌年ボーグ社の雑誌に掲載されたというのが作品の経歴だそうだ。
これは、エルゼアール・ブフィエという妻と息子に先立たれ、農場経営から引退した男の物語だ。短い物語で大きな活字で書かれた挿絵つきの童話である。羊を追いながら鉄棒を地面に突き刺して荒地にどんぐりを埋めていくこと三十数年。「木を植えた男を訪ねて」の著者である新井満・新井紀子の要約によれば「戦争を起こして全てを破壊尽くそうとする愚かな人間がいる。その一方で、名誉や報酬を一切期待せず、ただひたすら木を植えて森をつくった、このような神の如き人物もいたのである。」
「木を植えた男」の反響は大きく、マノスクの書店には今も児童図書として売られているし、マノスク市にはジオノ記念センターがあって、「木を植えた男」の映画撮影の写真が展示され、また市の図書館にはジオノ・コーナーが設けられている。
日本でのジオノは忘れられた人になっているが、昭和33年頃日本で上映された「河は呼んでいる」は中原美佐緒の歌が印象的であったが、脚本を書いたのがジオノ。ジオノ生誕100年の平成7年に新井満・新井紀子夫妻がジオノのゆかりのマノスクを訪ねて出版した「木を植えた男を訪ねて」は、ジオノがマノスクの誇りであることを紹介している。
マノスクは今、変わりつつある。それは ITER 国際熱核融合実験炉がマノスクの近くのカダラッシュにでき、職員の住宅とそれに伴う学校建設がマノスクで進んでいるからだ。この施設の誘致をめぐってフランスと日本が競い合い、フランスに決まったのであるが、施設の代表は日本の池田要氏であり、日本からの研究者がマノスクで生活する日が近づいている。そのときには日本でもジオノが知られるようになると思う。 |