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通算39号
平成24年1月4日

排除のもつ宿命にどう向かうのか

 

写真は、赤坂山王の日枝神社随身門。日枝神社は太田道灌が川越の山王社から勧請したとも、川越重継(江戸太郎)が勧請したともいわれている。その元は、1160年、後白河法皇が東山に新日吉山王社を祀ったにともない、川越氏が所領を寄進して川越荘として新日吉山王社を創建したことに始まる。明治時代に日枝神社となった後白河法皇ゆかりの神社。

 

 新年から始まるNHK大河ドラマは「平 清盛」。清盛の誕生は、排除の危機を潜り抜けることから始まる。白河法皇のご落胤を宿した祇園女御が、その子はいずれ法皇に仇をなすから今のうちに排除してしまえとの追手から逃れて平忠盛の庇護を求める。清盛は忠盛の子として育てられ、平氏の統領として後白河法皇と微妙な関係を保ち源氏を排除する。

 排除される運命を乗り越えてきた清盛が排除する側に立ち、やがて一門が排除される運命をたどる。これほど見事に権力の恐ろしさを示す例はない。もちろん、権力の中にあって排除を抑えようとする力もある。清盛の長男である平重盛がそのような役目を果たしていた。しかし、そうした力が、権力の流れを変えることはまれであろう。

 かろうじて生き残った頼朝兄弟は平氏を排除することに成功するものの、源氏の統領である頼朝は、義経・範頼までも排除したため政権の基盤を薄くし、頼朝を継承した北条氏も長く続かなかった。以後、室町時代から織豊時代へと推移しても権力の掌握者が邪魔者の排除を繰り返してきた。

 こうした権力の興亡は、武士の台頭期の特徴ということではない。古代国家でも排除の弊害が意識されていたことは、聖徳太子の17条の憲法で「和をもって貴としとなす」の条を冒頭に掲げていることからも伺われる。また、咲く花の匂うが如き奈良時代も、長屋王に対する誣告・冤罪事件のように取り返しのつかない排除の事例が数多くある。

 もちろん、民主主義憲法の国家でも起こりうることに変わりはない。ドイツにヒトラーが出現して邪魔者の排除を展開したのは、民主主義の手本といわれたワイマール憲法のもとであった。

 平家物語は、因果応報と世の無常を教えている。そのうえ排除の考えが、どれだけ資産を消耗し、人の命を奪うものであるかを事実として後世に伝えている。排除のもつ宿命に、民主主義が、どう向かうのか。そのヒントをNHKの大河ドラマの展開に期待したい



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