今年は土地家屋調査士制度ができて60年を迎えます。藤原政弥著「日本を測る人々−土地家屋調査士法の誕生」には土地家屋調査士法の誕生まで終戦を挟む10年の道のりが記されています。
長野県の松本税務署直税課で地租の課税台帳の整理を手伝っていた調査員に対して植木庚子郎署長が調査員法を制定して国家資格をもつべきと語りました。これに触発された長野県内の調査員が帝国議会に調査員法の制定を請願したのが1941年2月。これを土地家屋整理士法に名称を改めて請願したのが1942年1月。
1941年の紹介議員は百瀬渡衆議院議員(長野県)。1942年の紹介議員は植原悦二郎衆議院議員(長野県)が加わり、貴族院でも片岡兼太郎貴族院議員(長野県)が紹介議員となりました。
衆議院請願委員長は1941年が加藤知正衆議院議員(新潟県)1942年が森幸太郎衆議院議員(滋賀県)。
1943年3月には土地家屋整理士法を建議。提出議員代表は小野秀一衆議院議員(長野県)。百瀬渡は1942年4月の翼賛選挙には出馬しなかったため小野秀一衆議院議員が代表になったのは植原悦二郎衆議院議員の配慮によるとされています。
終戦後の1947年。・1948年・1949年は降旗徳弥衆議院議員(長野県)を紹介議員として請願。1950年は降旗徳弥衆議院議員の発案で議員立法を目指し、衆議院法制局の提案で土地家屋調査士法案に名称を改め、地租・家屋税が固定資産税となることを理由に地方税法正案との抱き合わせ法案とすることになりました。
4月に衆議院法務委員会に土地家屋調査士法案小委員会が発足。田嶋好文衆議院議員(愛知県)が小委員長となり、衆・参法務委員会で可決されたものの地方税法改正案が参議院で否決されてしまいました。このため地方税法改正案の成立は参議院選挙後にずれ込み、土地家屋調査士法が成立したのは1950年7月31日となったのです。
なお、土地家屋調査士法成立を推進した政治家は主として長野県選出の国会議員であったことを忘れてはなりません。
土地家屋調査士法は、長野県の松本税務署長が税の公平な課税のための台帳整備は国家資格をもつ専門家に委ねなければならないという話しから生まれました。国家を思う強い志が10年間にわたり制度実現に向かって長野県内で引き継がれてきたことのすばらしさに驚嘆するばかりです。土地家屋調査士制度はそういう制度であることを想い起しながら、会員の皆様のご繁栄を祈念して新年のご挨拶とさせていただきます。 |