関西広域連合
VOL.63 (2010/11/20)
 

 2年前から協議されてきた関西広域連合設立への動きが10月で一段落し、総務大臣の承認を得て12月にも発足すると報道されています。

 参加するのは、大阪、京都、和歌山、兵庫、滋賀の2府3県に加えて鳥取、徳島の7府県。

 取り組む事業は、防災、観光・文化振興、産業振興、医療、環境保全、資格試験・免許、職員研修の7分野。

 広域連合の運営方針・予算等は参加府県の知事で構成する委員会で協議し、連合議会は参加府県の規模に応じて2〜5人の議員で構成。

 

国の出先機関の受け皿

 広域連合は、国の出先機関の仕事を地方に移管する際に、受け皿となることを目指しています。例えば、国交省の近畿整備局や農水省の京都農政局を廃止するときに、それまでのしごとを関西広域連合が引き受けようということです。

 

奈良県は不参加

 奈良県は、当初の協議には参加していましたが、現段階では見送っています。負担金を払うのに見合う仕事がないという理由のようです。50年ほど前に阪奈和合併の構想が提唱されたことがあります。最近は道州制の構想もあります。しかし、奈良県のこれまでの歴史からは、こうした広域構想には消極的にならざるをえない事情があります。

 

広域構想に消極的な事情

 奈良県は、発足まもない明治9年に奈良県は廃止されて堺県に統合され、さらに明治14年に堺県ともども大阪府に統合されました。なぜ奈良県が大阪に統合されていったかというと、奈良の財力を大阪に投入するためでした。

 奈良は、木材産業と綿織物産業とで日本有数の富裕県でした。ここに目をつけた明治政府は、大阪を東洋のマンチェスター並みの工業都市に開発をするとの理由で財源を奈良の財力に求めたのです。

 西南戦争が終結した明治10年から日本各地で殖産興業の時代を迎えていたのに、奈良は時代の流れから取り残されることになりました。大阪府に統合されていた10年間も奈良の財力を大阪にむしり取られていたからです。災害が起きても、大阪府は災害復旧費を出さなかったことが証拠です。国の出先機関を地方に移管することは賛成ですが、なぜ都道府県ではだめなのか、という検証がされていないことに問題があります。